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最初はアフェリエイト目的につくったが、興味ないことは書けないため、まったりとその時残しておきたいと思ったことを記しておきます。
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このジョブなのかスキルなのかは明確にはできないものを得るには様々な経験が必要である。

俺にとって「メンヘラ」は「スキル」だと思っている。
全ての人は、そこに至る前段階の「妄想」は持ち得ている。
「数多の妄想」を経ることで真の「メンヘラ」へと開花する。

俺の「メンヘラ」スキルはかなりの期間使用されている。
しかし、レベルは期間とは見合わない程おそらく低い。

このスキルは非常に取り扱いが難しい。
自己を維持したまま経験を積むことが非常に難しい。
容易に「暴走」し、「終焉」を迎えてしまう。
そう、一人では非常に困難なのだ。

ただ、これまた困った事で、「メンヘラ」スキルを持ち得るものは、「人間不信」になっている人が多いと思う。
そしてその結果孤立し、解決できずに崩壊し、終焉を迎えるのだろう。

ここ最近のニュースを見ていると、そのことを痛感する。

最近ではボストンで起きた兄弟のテロ行為。
世間では「失敗組」になってしまって~~等言われているが、俺は彼らが起こしてしまった事を理解することができる。
「そうなってしまっても仕方ないよな」と素直に感じた。
それは彼らの周りの環境=社会が、彼らを差別=排除してしまった結果起こってしまった事。
そして感謝している。
「俺がこの今の気持ちに至る事が出来たのは君たちのおかげだ」 と。

数年前に遡るが、秋葉原のホコ天にトラックで突っ込み、ナイフで演舞してしまった彼。
俺もその当時はかなりやばかった。が、彼の行動を見ることで、「やばい。俺もこうなってしまう」と感じたため、止まることができた。
彼の行為は褒められることではない。が、理解し、俺は感謝する。「俺を止めてくれてありがとう」と。

上であげた「ボストン、秋葉原」での彼らが起こしてしまった行為は褒められることではないが理解し感謝する。
そして彼らが至った結果に対し、敢えて言おう。「君らは戦いに敗れてしまったが、無駄死にではない!」と。

少しでも彼らの心に「灯火」が灯ることを願う。


追記:

最後の一行を書いたとき、激しく嗚咽を伴う涙を流した。
それは、俺が彼らの事を「理解」できるために彼らの寂しさを理解してしまったから。
だからまた敢えて言う。「無駄死にではない!」と。
そう、彼らは「同志」のためにその人生を用いて「特攻」をしてくれたのだ。
彼らが「生還」することを切に願う。
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